台風の日に福岡市内を彷徨っていた。
天神から大名、上川端、呉服町と、そんなに風雨は激しくないのに……いや時おり激しい豪雨に見舞われたけど……バスは運休し地下鉄は10分おきくらいにしか走らないし飲食店は臨時休業が多いしで、目当ての酒屋に何軒かフラレて途方に暮れつつも歩みを止めずに、千代へ。
開いてる酒屋があった。
「長酒店」。
なかなか、うらぶれた店構えだね。
地下鉄赤坂駅の近く、住所的には大名にも同じ屋号の「長酒店」がある。
あるっていうか、この日の朝に立ち寄った。
大名のほうは朝から常連が集う御近所サロン的な雰囲気があったが、こちらはどうかな。
酒屋なのに、やたらタバコを売ってることをアピールする張り紙がある入り口から入ると、酒の売り場だった。
博多のオイチャンという感じの大将がいて、角打ちできるか訊こうとして同時に店内にカウンターが縦断していることに気づき、ああ向こう側が角打ちエリアなのかと理解した。
“そっちで立って飲めるんですか?”と訊くと、オイチャンが肯定してくれた。
そんなわけで、自販機の脇にあるドアから入り直す。
なかなか年季のはいったカウンターがあり、床はコンクリの土間で風情がある。
壁に沿って座面のビニールがボロボロな丸椅子がいくつも用意してあるから座って飲めるのだろが、やっぱ基本は立ち飲みでしょ。
辿り着いたのは平日の13時台、先客はない。
さて冷蔵ショーケースは向こう側にあるから自分で酒を取り出せないので、オイチャンに注文。
キリンラガー瓶があって嬉しい。
やたら冷やしてあるコップも出してくれた。
さて、ここでもうオイチャンとは一切の会話がなくなる。
オイチャンはカウンター内の椅子に座って、テレビ番組の視聴に専念し始めたのだ。
俺が来るまえから観ていたのだろう、たぶん海外ドラマだと思うんだけどスティーブン・セガールが主役なのか脇役なのかわかんないくらいにしか活躍しない刑事ドラマかなぁ? を観ていた。
カメラワークというか構図、画作りから、これは映画じゃないなと判るんだけど、TVシリーズなのかな単発のTVムービーなのかな、セガールはスナイパー役なのか格闘アクションの場面がなくて、アクションを撮る予算がないのかな、なんてことを考えつつ俺もテレビ画面を眺めながらビールを飲んだ。
目の前に駄菓子屋によくあるプラ容器が二つほどあって、そこから柿ピーをもらった。
食べたら、湿気っていた。
うん、プラ容器の底に取り残されたようにして何個か転がってたんで、想定内だった。
セガールの番組が終わると、“セガールですか?”とオイチャンに声をかけてみたら、オイチャンはリモコンでザッピングしつつ短い言葉で肯定してくれた。
言葉少ないオイチャンであった。
……ってな感じで、放置されてたっていえば、そう言える。
なんてホスピタリティのない店なんだと憤慨しようと思えば、まぁ頑張れば憤慨できる。
だが俺はぜんぜん不愉快ではなかった。
酒屋の角打ちなんて、こんなもんだろっていう認識があるってのもあるが、オイチャンがあまりに一生懸命にテレビを観てるので邪魔しちゃ悪いと自然に思ったのだ。
それは、ちょっとテレビに夢中になってる子供を眺めているような気分であり、なんだかホンワカしないでもなかったってことなんだよ、客としては放置されてたわけだが。
いや、放置じゃないんだよね、ちゃんと注文をきいてくれて注文の品を出してくれたんだからね。
最近の風潮として、やたらフレンドリーな接客をしないと批判されるような空気があると感じるんだが、そういうのって求め過ぎだよネって思うよ。
というわけで、俺はこの店は好きだ。
「長酒店」福岡市博多区千代1丁目22-25
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